乙99の76

原告のブログ「ナオミライクな日々」における「アメリカは遠きにありて思うもの」平成21.01.04

 

(証拠説明書(4)乙99の38より)

 

 

被告ベラが平成24年4月1日および同年10月17日および同年12月19日および同年12月21日および平成25年1月16日に「天野ベラのブログ」で指摘したことによって(乙178,甲1011,乙147,乙102,乙103),原告サイドが全文を削除した事実。

基地の町,横須賀で生まれ育った私にとって,アメリカは夢の国でした。フェンスの向こうにはどんな世界が待っているのだろうと背伸びをしては向こう側を覗き見ようとしました。
 海と山の狭間に広がる横須賀の町は独特の雰囲気を持っています。今でも町を歩けばたくさんのアメリカ兵とその家族の姿を見かけますが,私が幼少の頃には,もっともっと羽振りもよく,威勢もよかった海軍将校や若い兵隊たちが闊歩していました。それは私たち住人にとってごくごく普通の光景でした。町と米兵たちはある種の調和すら取れていたのです。
 多くがそうだったように,私の家も玄関奥の八畳間を若い米兵に間貸ししていました。日本式のトイレもお風呂もせまい台所も共有です。今にして思えば借りる方も貸す方もよくそんな共同生活ができたものだと驚きます。雑駁とした時代には,何があってもそれを受け入れるある種の潔さと寛容,そしてどんな事態をも楽しんでしまう大らかさがあったようです。
 小さな女の子は若い米兵にまとわりつき,片言の英語を教えてもらいました。米兵はことあるごとに基地の中から少女がまだ見たこともないおみやげを持ってきてくれては,少女を嬉しさで飛び上がらせました。茶色の袋にずっしりと入ったストロベリーアイスクリームも,石鹸かと思った堅いチーズも初めて食べるものでした。こんなにおいしいものがたくさんあるななんて,いったいあのフェンスの向こうにはどんな楽園がひろがっているのだろうと少女は思いました。その大元がアメリカという国なのなら,それはいったいどんなに凄い国なのだろうとも思いました。