乙99の22

原告のブログ「ナオミライクな日々」における「たとえハチドリの一滴でも」平成23.01.28

 

原告の著書発行プロジェクトが、東日本大震災(2011年3月11日)以前の2011年1月28日に開始されていた事実。

 

2014年(平成26年)15日付け証拠説明書(4)乙99の4より)

 

 

原告と吉川裕子氏・鈴木松子氏が長きに亘り固い絆で結ばれており,「天野ベラのブログ」が原因で絶縁していないと思われること。

 

その女は,いつも同じ面々を引き連れては,何かを宣伝し,その利益を目的に練り歩く。」のいつも同じ面々とは「グランマからの手紙」の出版に寄与した,元「有限会社ユニクック」の吉川裕子氏をはじめとする仲間たちが加わった7名のプロジェクトチームであり,具体的には,6人のメンバーから原告を除いた,挿絵の鈴木松子さん,カメラマンの吉川弦太さん,企画の磯崎和子さん吉川裕子さん,そして『さんこう社』社長の野島善孝さんの5名。装丁のデザイナーの高田素子さん,本文レイアウトの松田志津子さん,写真に使ったたくさんのお皿やクロスをお贈りくださり,私が姉のように頼っている石川愛さんあふれる優しさを~「グランマからの手紙」感謝会・2012年1月15日)。

 

 

 

 

乙37

 

川上満寿美氏のブログ「日々の思い」における「友人が本を出版した-「グランマからの手紙」」平成24.01.11

 

(証拠説明書より)

原告が目的のためなら手段を選ばない人物であること。
原告が販売・宣伝効果を狙って出版を決意した時期が前年の11月であったにもかかわらず,東日本大震災の翌日と改竄して著書のあとがきに記載したこと。
原告が書いたあとがきを信じた元ICUの先輩川上満寿美氏が東日本大震災の翌日に出版を決意したと原告の著書を宣伝したこと。

 

昨年3月11日に発生した東日本大震災,その翌日に彼女(原告)はこの本の出版を決意したとのこと,「今日と同じように明日があることを信じることができなくなった。もしも,このまま私の人生が終わってしまったとしたら,どんなに無念なことだろう。まだまだ言い尽くしていないメッセージがたくさんあることに気づき愕然とした。

 

 

 

乙99の18

原告のブログ「ナオミライクな日々」における「問い続けることに意味がある」平成22.11.27

 

2014年(平成26年)15日付け証拠説明書(4)乙99の25より)

 

 

 

原告が原告の同胞であり最も敬愛する姜尚中氏の講演会を企画し,同氏の言葉をブログに記載して公開していること。

問い続けることに意味がある。答はなくとも,問い続けることを止めないこと。それが大事。悩み,問い続けることが生きていることの証だから。」等

 

乙99の6

原告のブログ「ナオミライクな日々」における「あふれる優しさを~「グランマからの手紙」感謝会 」平成24.01.15

 

2014年(平成26年)15日付け証拠説明書(4)乙99の55より)

 

 

 

原告が「日本秘書協会」の当時理事長であった石川愛氏に擦り寄り財物を交付させている事実。また,褒め殺しという手口を記載し公開している事実。

写真に使ったたくさんのお皿やクロスをお贈りくださり,私が姉のように頼っている石川愛さん。」

原告が,しばしば,後夫を邪魔者扱いし,共に暮らす人がいれば,自由気儘がない,共同生活ともなれば,好きかってが出来ない,ブログが書けないとぼやくことしきりである事実。

「共同生活も初めのうちは,なかなかペースがつかめません。ついつい二人であっちに行ったり,こっちに行ったりしているうちに時間がどんどんと過ぎていきま す。昨日の昼間も,大切な家族や友人たちとの嬉しい集いがありました。静かになった夕方,『さあ,落ち着いて机に向かおうか』と思った矢先に,『ナオ ミーっ! 電気ストーブが壊れた。』の一声で,今度は買い物に(笑)。」

「そして気づけば二人とも,とっぷりと疲れていました。ひとりならば『疲れているなんて気のせい,気のせい』とばかりに,カツを入れて仕事部屋に戻ることもできますが,共同生活ではなかなかそうもいきません。」